2004年12月12日

森博嗣 『スカイ・クロラ』

戦争を知らない大人たちに捧げよう
僕はまだ子供で、
ときどき、右手が人を殺す。
その代わり、
誰かの右手が、僕を殺してくれるだろう。


二回の大戦のあとも世界から戦争は消えない。 戦闘機パイロット・カンナミは前線の基地に新たに配属される。そこでチームを組まされたトキノ、上司である女性・クサナギ、整備士のササクラ...
僕らは空を飛び、敵を撃墜する。 そこに理由はない。
音もなく、望みもなく、光もなく、目的もなく、僕たちはただ生きて、戦っている。


一面に広がる、吸い込まれそうに深い青い空と雲。そして下の引用が印刷されたカバー。
久しぶりに一目惚れをして購入した本です。結果は上々でした。 が、かなりヘヴィーで救いのないお話なので、暗い話が苦手な方には薦められません。

以下ネタばれを含みます。
舞台はおそらく現代、もしくはほんのちょっと先の近未来。ただしこの世界では2回の大戦後も世界中が戦争で満たされており、日本も例外ではありません。ここでは戦争は国家がするものではなく、戦争行為を売りものにする会社が複数あり、その会社に属する社員が兵隊として前線で戦い、一般の人々はその戦争をテレビや新聞でしか知ることはありません。
ここにキルドレという言葉が登場します。遺伝子操作の研究途上、偶然生まれた、ある一定年齢以上は年をとらない子ども達。何年も何十年も若い姿のまま生き続けるため、次第に記憶があいまいに、現実感は希薄に、感情は平板になり、自分が何者かすら明確ではなくなっていきます。そしてそのキルドレとして生まれた人間の多くは、前線で戦う兵士になるか、宗教法人(普通に言う宗教とはまたちょっと違うのですが)に属するかどちらかです。
そして前線で戦う戦闘機パイロットとして配属されたキルドレ・カンナミを中心に物語りは進んで行くわけです。


彼らが何故そんなふうなのかを説明するかもしれない"理由"は後半に出てきますが、それもどこまで真実なのか曖昧としている。けれどそんな理由があるにせよないにせよ、ここにあるような世界や彼らのような子どもたちをつくりあげるのは、私たちのような人間なのではないか、本来私たちが背負ってしかるべきものを彼らに背負わせてしまっているのではないか、というようなことを考えました。
そういう意味では、これは私たちへの警告なのかもしれません。
"戦争を知らない大人たちに捧げよう" という冒頭文が、読んでいる間中胸に響いていました。
でもそんなことを考えることすら、この作品には余計なことのような気もします。

余談ですが、この哀しくも不可思議な独特の雰囲気は、吉野朔美さんの描く世界と通じるように思えました。漫画化してほしいかも。いややっぱりしないでほしいか...
ラベル:森博嗣
posted by 高 at 15:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 邦人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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スカイ・クロラ
Excerpt: スカイ・クロラ 森博嗣 僕はまだ子どもで、 ときどき、 右手が人を殺す。 その代わり、 誰かの右手が、 僕を殺してくれるだろう。
Weblog: 小町屋
Tracked: 2006-01-24 01:25
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